なぜ、生きる?

悩み、苦しみ、生きづらさを抱える皆さんと共に 移住や転職、不登校、大好きな本についても綴っていきます。日常のなかでのふとした学びや気付き、ココロの栄養のキッカケになれれば幸いです 

52才妻子持ち、転職☓☓回、未だに無職… どうする、俺? #17 ーただいま@富山ー


家を16時に出発して、柳沢峠を経由ひたすら下って、中央道、

勝沼ICを目指すことにした。

 

右手にうっすらと雲のかかる甲府盆地を眼下に見てうねうねと曲がりくねる、

フルーツラインを走る。

 

この道は約4年前、2つ前の職場で同僚3人で長期の出張をしてた時、

現地休みの日、遊びに行く時に何回か通った記憶がある。

また、こんな状況で通ることになるとは…。

 

帰りは22時くらいか、一日前に能登半島沖で地震があった。

富山は震度2〜3だったけど、自分の用事をちゃんとやり切った後は

できる限り早く、家族の元に帰りたかった。

こんな身勝手を許してくれている妻そして子供達に。

 

軽バンが安定的に走れるギリギリのスピードで、ひたすら西へ

岡谷JCTの分岐で左により北へ、松本ICやっと高速が終わる。

一度も休まず走り抜けた。

 

往路に立ち寄ったローソンで小休止。

「無理をかけたかな」なんて今の愛機を少しばかり、いたわる。

 

ここからは国道158号線のクネクネした山道をひたすら上り、

安房峠を越え471号線との合流で北西に進路を取る、

 

雨が少しパラついてきた。

遅すぎても駄目だし、早すぎてタイヤのグリップを失ったら

アウト、先行する赤いテールランプに大人しく付いていく。

 

上高地へと続く分岐を左に折れ、急坂をのぼり、

安房トンネルに入る。

 

トンネルも橋もこちらとあちらをつなぐ

メタファー(暗喩)の代表選手だ。

 

平べったく言うと「太平洋側と日本海側」

隔てるものは川や峰や峠といった自然

繋ぐものは橋やトンネルといった人為

 

昔、まだ元気だった頃、平湯温泉の某所で

夜中にこそっと忍び込んで

営業時間外の露天風呂を独り占めしたりした。

 

忍んだだけで、盗んではいない、ちゃんと 

入場料の500円硬貨は一枚置いてきた。

「あれ、何年前だったけ…」富山へと続く下道では二度休憩した。

 

471号線をひた走って神岡で41号線のT字路に突き当たる。

真正面にはもう廃線になったコンクリート製の駅外構が見える。

 

方向指示器は決まって右、ここでウインカーを左に出したことはいちども無い。

40分ほど走り、神通峡がようやく開け、(地形学的に扇状地というやつ)

故郷の家も富山の家も同じような場所だと気付く。

 

東京は俺にとって懐かしく、イザという時に包んでくれる場所つまり「母親」

翻って富山は現世でのある意味、修行の場つまり「妻」と等しい

右手に見える猿倉山の灯りを見る度に繰り返しそう思う。

 

22時30分、無事、家に辿り着いた。

バックで車庫入れする。母にメールを打つ、「無事着いた。」

 

 

玄関の扉を開けて罪悪感と申し訳程度の声で

「ただいま」と言った。

 

正直おどろいた。妻がスマホを見ながら

ソファーに横たわっていた。

 

「ただいま」

「おかえり…」

 

「あ、これお土産」

 

「どうせ、お義母さんに買って貰ったものでしょ」

そんな、無言の妻の反論を受けつつも

 

勇気をふりしぼる

「ひょっとして、待っててくれたの?」

しばしの沈黙の後

 

 

「ん、別に…」

 

これからは紛れもない富山での日常のスタートだ。